苦労って人生に必要?

      2017/08/09

仕事で苦労するイメージ画像

「若い時の苦労は買ってでもせよ」

「先に苦労しておくと後が楽になる」

主に自分よりも年長者から聞くことが多い言葉ですが、果たしてこれは本当でしょうか? 多くの人にとっては『できれば苦労なんてしたくない』というのが本音ではないでしょうか。

個人的には「苦労は大切だが見返りがなければ意味がない」と思っています。ここでの見返りとは「やりがい」「成長」「人脈につながる」「金銭的報酬」など様々なものを含みます。

今回はそういった【苦労】にまつわる様々な話から【人生に苦労は必要か?】というテーマを取り上げます。

RT(リツイート)が1万超えの「苦労」に関するツイート

「苦労」に関してこんな内容のツイートが注目を集めています。要約すると

年寄りは若者が大金を稼ぐことを嫌う

しかも自分たちが理解できない方法で稼ぐことが嫌

なぜなら若者に苦労をさせたいから、そして自分たちを尊敬してほしいから

若者が簡単に成功したら自分たちの苦労が軽くなる、尊敬も少なくなる そう考えているから

これを見てどう感じますか?

私はなるほどなと感心しました。もちろん世の年配者が全員こうだとは全く思っていませんが、少なからずこういう方はいますし、またこれは年齢に限ったことではないとも思いました。

特に「自分たちが理解できない方法で稼ぐことが嫌」という部分は様々な場面で感じることですね。

例えば以下に挙げる【ユーチューバー】などはその最たる例ではないでしょうか。




好きなことで生きていく「ユーチューバー」などを容認しない今の風潮

好きなことで、生きていく」とはyoutubeが以前行ったキャンペーンでのフレーズです。

HIKAKIN(ヒカキン)さんやヒカルさんなど【ユーチューバー】と呼ばれる、youtubeなどの動画投稿サイトに自分たちで撮影した動画を配信して広告収入を得たり、企業との提携によって生計を立てる人たちが近年増加しています。

お名前を挙げたお二人は年収数億円とも言われ、これを受けてか最近では「小学生が将来なりたい職業調査」の上位にランクインしたりもします。

しかし、やはりと言いますかアンチ(否定派・批判派の人々)も相当数います。

「すぐに儲けられなくなる」「お花畑」「人間の屑」「夢を見ていたら現実は見えない」などなど、ユーチューバー及びそれを目指している人に対して、ざっと見ただけでもこういった意見がいくつもネット上で見つかります。

これが例えば「カメラマン」「映画編集」「ディレクター」「役者」「タレント」など、ちょっと肩書と立場を変えるだけで、行っている内容はほとんど変わらないのにアンチは相当減ると思われます。

(タレントや役者など出演側の場合は「仕事」としてではない、別のアンチが出てきそうではありますが)

「動画」に関しては市場価値への期待が高く、FacebookやInstagram(インスタグラム)などがLIVE配信などに力を入れていたりするにも関わらず、多くの人にとっては「自分たちが理解できない(認めたくない)方法で稼ぐことが嫌」なのでしょう。

日本に蔓延る(はびこる)苦労信仰

日本に、と書きましたが他の国のことは知りません。しかし、これだけブラック企業や劣悪な労働環境が取り沙汰され、厚生労働省なども「働き方改革」を色々と進めているにも関わらず、苦労や清貧を美徳とする「苦労信仰」が根強いことを感じます。

ここで私が気になるのは「苦労を他の人に強要すること」です。

苦労や努力無くして成長しない」。これに反対はしません。ただ、明らかに非効率だったり成果が出ない無駄な努力を「慣習だから」「他に前例がないから」などの理由で変えようとしないのは怠慢です。

例えばある会社ではExcel(エクセル)で関数を使って計算したら「計算機を使え」と怒られてやり直しさせられたそうです。ご存知の通りExcelは「表計算ソフト」です。

自分が新しいことを覚える苦労はせず他人にばかり苦労を押し付ける。これでは人も組織も成長するはずがありませんね。

苦労で成長することの意味

2007年6月に私はこんな言葉をネットで見つけました。

自分が苦労したから他人も苦労しないと納得できないのかな?厳しさは自分に向けるものだよ。

自分がしてきた苦労・努力・我慢はあくまで自分の経験であり場合によっては財産です。同じことを他人に強いても同様の結果になるとは限りません。それにも関わらず「この苦労はお前のためだ」と強制してくる人は、その人の成長を願ってはおらず自分がどれだけ苦労したかを周りの人にも思い知らしめたい。ただそれだけでしょう。

苦労は自分に対して向けるから成長につながるのです。

苦労を苦労と思わないから成長し成功する

ほぼ全ての成功者・偉人と言われる人々は苦労人です。それも並大抵ではない局面をくぐり抜けている人がほとんどです。

しかし、他人から見ると「辛いだろうな」と思うことでも、当人にとっては辛くないかむしろ楽しいと感じる余裕さえある場合があります。

自分がやっている仕事に価値を見いだせない周りの人は、一所懸命に働くそういった人を「社畜」「仕事の虫」などといって馬鹿にしますが、その人にとってその仕事はきっと天職だったのでしょう。

一般的に人は嫌なことほど時間が経つのを長く感じ、楽しいことほどあっという間に時間が過ぎるように感じます。天職に就いた人にとってその仕事やそれに関することは、大変ではあっても苦労とは感じずに楽しめることなのです。だから成長し成功します。

その苦労が必要かどうかの判断方法の例

100%の判断基準ではありませんが「これは納得するな」というものを紹介します。

「嫌だ」と思ったらすぐにやめなさい 「面倒くさい」と思ったらもう少し続けなさい

人生には「自分が成長するための試練」の様なものと、「こっちの道は自分のためにならないと教えてくれる障害」の様なものの2つがあると思います。この2つは非常に似ていて判断がつきづらいのですが、本能的に嫌悪感があるものは頑張って続けても自分のためにならなかったなと自分の過去を振り返っても思います。一方で「あの時は大変だったよな」と笑って振り返られる出来事は、たしかに自分の成長に繋がっているとも思います。

苦労って人生に必要?:まとめ

長々と述べてきましたが、私の結論としては以下の通りです。

  • 苦労は自分に対して向けるもの 他人に強いるものではない
  • やっぱり苦労自体は必要だけどその先にあるものが見えない、または非効率な苦労は無駄
  • 自分にとって必要な苦労かそうでないか見極めることが大切
  • 必要な苦労は大変かもしれないけど「嫌だ」とは感じない

後は冒頭に紹介した様な「自分の認めた苦労(方法)のみを強要してくる人々」に屈しないことが大切というのも付け加えたいですね。

今回述べたことは主観ですので、

「いや!人間は苦労してなんぼだ!」

「そもそも苦労なんて必要ない。楽に越したことはない」

とそれぞれの立場で全否定したい人もいるでしょう。それはそれぞれの生き方なので無理強いするものでもありません。

いずれにせよ、頑張ったことがより報われる社会であってほしいと願うばかりです。




 

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