自分で自分の首を絞めてはいないか
今回紹介するのはこちら
てめえの人生がかわいそうじゃねえか
代ゼミにあった荻野先生のコラムとの出会い
浪人時代、僕は代ゼミに行きました。
近年は代ゼミも事業方針で予備校業を縮小(※)をしていたり、
(※2014年に全国に27カ所ある校舎を7カ所に削減する事を発表したため、「経営難か?」と騒がれたが、実は少子化を事前に予測しホテルなど不動産業にシフトチェンジしていた)
「いまでしょ!」で一躍ブレークし「初耳学」をはじめ様々なテレビ番組に出演する、林修先生が在籍する「東進」の方が予備校としては目立っているイメージが僕の中ではありますが、当時は札幌で予備校と言えば「駿台」か「代ゼミ」という時代でした。
(そう言えば、CMで知りましたが古文の吉野敬介先生、英語の今井宏先生の他に英語の西きょうじ先生も代ゼミから移籍したんですね)
そんな代ゼミ時代、校舎に置いてあった校内新聞みたいなものを偶然読み、その中に数学の荻野先生が書いたコラムが掲載されていました。
「接点t」等でお馴染み代ゼミの有名講師 荻野暢也先生
ネットではその名言(「接点t」「この点は出ねぇよぉ」)や服装(紫色のスーツなど奇抜なものが多い)のためか面白ネタの人としての印象が強いですが、実際は非常に真面目で思慮深い方です。
ちなみに医学部受験の数学などを担当するトップ講師です。
荻野先生の名言(一部)
・役に立たないと思ったらそんな感情は選択しないんです
(そんな=「〇〇を間違えてんじゃないか」等の不安)
・当たり前の生活の中にのみ成功はあるのです
・もし未来を決める神様がいるとしたらそれは今のあなたです
そんな荻野氏にも苦悩する時期がありました。
まだ予備校講師になる前の話です。
当時高校教師をしていた荻野氏は年1回その学校へ講義に来てくれていた秋山 仁氏に飲み会の席で、積もっていた憤りをぶつけました。
「先生はいいよな。俺も先生みたいになりてぇよ」
それに対し秋山氏は、
「荻野、情けねえこと言ってんじゃねえよ、好きなことをやれよ。
てめえの人生がかわいそうじゃねえか」
この言葉をきっかけに数年後代ゼミの講師になり現在に至るという訳です。
(後日その事を秋山氏に伝えると、「なあ荻野、オレと勝負しようぜ。どっちが生徒を大学に入れるか勝負しようぜ。」と仰ったそうです。かっこいいですよね)
自分は自分の人生を可愛がれているか、自問自答の日々
僕自身も「このままだと会社はわからないが自分は詰むな」という思いから12年勤めた会社を辞め今に至ります。
正直、上手くいく事ばかりではありません。
ただ、『自分の人生が可哀想だと思ったから道を変えたのにまた悲しませる訳にはいかない。自分の人生を喜ばせたい。』
これを書いていて改めてそう思いました。
人の数だけ生き方がありますが、あなたの人生はどうですか?
前:例え緊張時でも自分がやらなきゃいけない場面で思い出す言葉
次:「無理だ」「できない」と否定的なイメージにとらわれたら思い出す言葉
他の関連記事はこちら:【支えてくれる言葉 一覧】
コメント